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Monthly Report

Monthly Report 2022年7月号

『円高への反転はいつか』

3月下旬から始まった円安基調がまだ止まらない。6月17日の日銀政策決定会合での「現状維持」を受け、その週末はドル円135円前後の動きで高止まり。一部には150円説も出始めているが。(7月1日 文責太田)

目 次
1、過去4か月で急速な円安進行
2、日銀政策とヘッジファンドの円売り
3、過去のヘッジファンドと中央銀行の戦い
4、低金利の円キャリートレードの復活
5、円のフェアバリュー(妥当価格)は100円割れ
6、米国側から見た円安が止まる条件

過去4か月で急速な円安進行

2月の直近ドルの安値114.65円から、約4カ月で22円強のドル高騰(円安)だ。近年に類をみない速度と値幅でドル高・円安が進んでいる。その理由として日米金利差が言われるが、円安加速はロシアによるウクライナ侵攻がキッカケで米国の保護国(日本が思っているだけかも)としての脆弱性を見ての円売りという説もある。
昔から、ドル円変動は20円幅のゾーン移動で捉えて来た。現在は、安倍、菅内閣で出来なかった120円の壁を破り、120~140円ゾーンでの推移。チャート上は日本の金融危機だった1998年の144.8円を目指す動きにある(円安論者はこの節目を見ている)。この当時は140~160円ゾーンへの移行にならず、翌1999年11月には102円と100~120円ゾーンに押し戻されている。アベノミクスは、1995年に続く2度目の80~100円ゾーンとなった2008年のリーマン危機後の状況を100~120円ゾーンに押し戻したが、この時120円は米国の許容範囲との見方もあった。岸田政権は意図してか意図せずか、分からないが、円相場の居所を変えつつあるのかもしれない。参院選後の円相場は重要になってくる。
戦後円は1949年にGHQが決めた1ドル360円でスタート。日本の高度成長の原動力の一つだった。1971年のニクソンショック、スミソニアン合意で変動相場制に移行(日本は1973年)。1985年のプラザ合意の時が160円、現在はこの水準が円安上限と見られている。円高は1995年の80円、2011年76円と二度の大震災時に記録しており、円高上限も80円と見られている。

日銀政策とヘッジファンドの円売り

3月下旬から円安基調が強まった背景にはヘッジファンドの円売りがある。日経新聞の6月29日の証券欄コラム「ポジション」では、脹らみ続ける貿易赤字が彼らに安心感を与えていると書いているが、同コラムによると、6月末になっても投機的なドル買い(円売り)のポジションが増え続けているそうだ。筆者は米金利が低下し始めているにも関わらず、ドル買い、円売りが収まらない。これは明らかに日銀の政策へのヘッジファンドの挑戦と思っている。
世界の中央銀行が軒並み金利引き上げに走る中で、唯一緩和姿勢を厳守している日銀との対比が鮮明になっている。この世界トレンドから孤立したイールドカーブコントロール(YCC)という日銀政策に無理があるとするヘッジファンドの投機ポジション(円売り)が市場を揺さぶっているのだ。筆者が伝え聞いたところでは、ヘッジファンドだけでなく海外投資家は日銀のYCCの破綻を予想しており、政策変更がない限り円売りは収まらないという見方もある。
YCCとは日銀によって長短金利を操作すること。10年債の金利の上限である0.25%程度に設定されているが、6月になってこの水準を上回るようになった。これに対し日銀は、毎営業日実施している10年国債を0.25%で無制限に買い入れる「指し値オペ」や国債買い入れの大幅増額で、利回り上昇の抑制に努めている。
伝えられるところでは、ヘッジファンドは10年国債利回りを0.25%に抑えるYCCは円の急落を招き、日銀は円安阻止のためにYCC政策の放棄と10年国債利回りの上昇を容認せざるを得なくなると読んでおり、円売りと日本の国債売りを仕掛けているともいわれている。6月になってから円ドルが135円超えをした背景には、日銀のYCC政策は破綻すると見るヘッジファンドによる継続的な円売りがあると見ていた方がよさそうだ。
6月15日国債先物9月物は、2013年4月以来の大幅下落となり、大阪取引所は一時的に売買を停止する措置「ダイナミック・サーキット・ブレーカー」を発動した。さらに、日銀は指値オペで10年国債の利回りを力づくで抑え込む中、10年以下の国債利回りとの間に逆転現象もみられている。7年債から10年債の利回りは逆イールドとなっている(7年債の利回りが高くなっている)。国債市場でのこうした動きを見ながら、17日の日銀政策決定会合後の黒田総裁は記者会見で、「YCCに限界が生じていることはない」と発言。YCC政策が修正されなければ、円安は止まらないというムードになってきた。

過去のヘッジファンドと中央銀行の戦い

現在の日本の国債市場は、固定為替制度を持つ国が海外から投機的な自国通貨の売り圧力に直面する、いわゆる「通貨危機」に似た状況にも見える。当局が介入して現状水準で為替レートをコントロールすることの限界を透かされ、市場からの激しい攻撃に合っているのだ。現在の日本の国債市場では、日銀が長期国債利回りの0.25%という上限を死守しようとする姿勢が市場の攻撃対象となっているが、日銀が上限を死守できなくなれば、長期国債利回りが上昇、債券価格が下落して、円の下落することで二重のショート(空売り)で大きな利益を上げることができるのである。
ヘッジファンドが中央銀行の政策に対抗するという事態は1992年のジョージ・ソロス氏のイングランド銀行(BOE)への挑戦を思い起こさせる。当時はBOEが破れ、ソロスのファンドは莫大な利益を得た。今回も1992年当時と同様に日銀がヘッジファンドに敗れ金融政策の変更を余儀なくされるとの観測が市場を不安定にしている。実際、日本の超長期債利回りは、急上昇し、市場金利に大きなゆがみが表れている。もし、日銀がヘッジファンドに敗れて政策変更を余儀なくされれば、その連鎖は世界金融市場を揺り動かすことになる。円売り、日本国債売り、株売り、まさに日本売りだ、日銀売りだ、と言う投機筋の声が聞こえる。
しかし、今回の日本のケースは1992 年英国のような二律背反はない 。当時の英国は通貨安を容認するか、景気対策としての金利引き下げをあきらめるか、の二律背反 状況にあった。1990年に英国は為替変動幅を基準レートの±2.25%に収めることを義務 付ける ERM(=European Exchange Rate Mechanism 欧州為替相場メカニズム)に加盟しており、通貨安を引き起こす利下げという選択肢はなかった。しかし英国が ERM の盟主で あるドイツによって金融政策を縛られるという状態に持続性はないと読んだ ソロス氏はポ ンド売りを浴びせ、英国は利下げを選択して ERM から離脱した。英国中央銀行はソロス氏に敗れ、ソロス氏は巨額の利 益を手に入れたのだ。

低金利の円キャリートレードの復活

円売りの投機筋に対する有効な対抗策は、利回りの上限を死守する姿勢を見直し(YCCの見直し)、市場実勢に応じて利回りが上昇することを容認することである。しかし、黒田総裁の在任中は無理かもしれない。総裁の任期の期限は来年4月だ。ただし、新総裁人事は、秋ころには決まると思う。むしろ、参院選後岸田首相は新たな政策を発表するだろう。その時に日銀総裁人事も手を付け始めると思っている。
日銀も投機筋に敗れるという思惑は低金利の円で資金を調達し、高いリターンの外貨資産に投資する運用、つまり円キャリートレードを引き起こし、日本国債売り、円売りの連鎖を引き起こしている。これに弾みがついたことで円安が加速する局面がしばらく続いていくかもしれない。しかし金利差と為替レート差の両方で利益が得られるダブルキャリーの状態は永遠には続かない。


円のフェアバリュー(妥当価格)は100円割れ

急速な円高や円安になると、よく出てくるのが均衡為替レート、いわゆる円のフェアバリューである。6月27日のブルームバーグでもバンク・オブ・アメリカ(BofA)が算出したフェアバリューは90.74円、対ドルで24年ぶりの円安水準付近にある円相場はフェアバリューから49%安い水準にあるという記事を出している。OECDが算出する円の購買力平価も2021年が97円、22年は95円程度を思われる。BofAが算出するフェアバリューではドルがほとんどの通貨に対し過大評価されており、ユーロと円が過小評価になっている。
こうしたフェアバリューに関する記事が出始めると、ヘッジファンドなどの円売り仕掛けもそろそろピークを打ち、ポジションの手仕舞いを考え始める時期に来ていると推測する。また、先物などを使ったレバレッジにも手法も限界がある。通常の金融機関であれば、リーマンショック後は自己資本規制があり、投機ポジションの維持には自ずと限界がある。ヘッジファンドにはその規制がないが、レバレッジの資金の出し手は通常の金融機関であり、こうした金融機関が規制を受けるため、ヘッジファンドにも限界があり、どこかで手仕舞わなければならない。円高への反転のタイミングは近いと思っているが、どうであろうか。

米国側から見た円安が止まる条件

参院選後も現状と何も変わらなかったら、円安はしばらく続く。ではどういう条件なら円安が止まるか、日銀サイドではなく、米国側からみると、パウエル米FRB議長が利上げを止めるときに円安は止まる。しかし、利上げ停止は、議長によると雇用が悪化するとか、インフレ率が低下するとか明確なエビデンス、それも数カ月続くことが必要だとしている。
米国も足元では住宅販売が急失速するなど過剰消費は沈静化しつつある。6月30日発表の5月の個人消費支出も前月比∔0.2%と予想の∔0.4%を下回り、4月の∔0.6%から勢いを失いつつある。米景気後退も少しだけ見えてきたが、市場は先行きが不透明なことを最も嫌うので、悪くなるなら早く「底」をつけてほしいと思っている。6月の0.75%利上げはその意味ではよかった。この先利上げを続けている間は、金融市場はボラタイル(変動率が大きい)状況は続くが、景気後退=利上げ停止の思惑もあって、気の早い人は株式や債券を徐々に買っているだろう。
景気後退の定義は2四半期以上のマイナス成長だが、今年の第4四半期(10~12月期)、2023年第1・第2四半期はマイナス成長になり、第3四半期から浮上するという可能性もある。インフレの状況にもよるが年間で見ると2022年、2023年ともわずかながらプラス成長かもしれない。そうであれば、米利上げは年内で終了するかもしれない。
中長期で見れば1㌦=130 円台は円を過小評価しており、景気後退を受けてアメリカの金利に中期的な下落期待が高まれば、ドル円は一気に120 円前後の円高ドル安になる可能性がある。アメリカの景気後退を展望する中ではどこかで為替のトレンドが変わるので、これに注目している。ただ、相場なので、当然行きすぎもあって、110円台も十分ありうる。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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