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Monthly Report

Monthly Report 2022年5月号

『「悪い円安」は本当か』

4月28日、日銀金融政策決定会合結果が発表された。現状維持は織り込み済みと思っていたが、それまでドル円130円寸前で止まった円安が仕掛け的に再燃、会合後に02年4月以来20年ぶりに130円を突破し131円を付けた。(4月1日 文責太田)

目 次
1、ドル円相場は130円台にあっさりと突入

2、本当に円安は悪いのか

3、最近の急激な円安の背景と円安のピークは

4、日米金融政策のギャップと円安のピークは

5、円安の反転リスクも考えておくべし

6、そろそろ「良い円安」に注目すべき

7、円安を利用して国内還流策の推進を

8、経済安全保障リスクで国内還流の機会到来

ドル円相場は130円台にあっさりと突入

先月号を書いた時点で円は121円台だった。その時点で、円安の勢いがあったものの過去3年間の平均年間値幅(10.60円)からもその時点で年初からすでに12円ほどの値幅を記録していたため、130円は難しいと書いたが、その後あっさりと130円を抜いた。
最近円安が加速するにつれ「悪い円安」という言い回しが、マスコミ報道で多用されている。みずほ証券のチーフマーケットエコノミストの上野氏によると、新聞記事検索ツールを用いて、今年に入ってから4月24日までを対象に、「悪い円安」という表現を含む記事の数を調べてみたところ、最も多かったのは日本経済新聞の36(朝刊32・夕刊4)。日経は電子版にも掲載記事が57あった。一方、経済ニュースの比重が日経よりも低い全国紙の場合、ここまでのところ多くない。産経が24と多めだが、あとは毎日が8、朝日が6、読売が5となっている。国内2大通信社では、時事が17、共同が7、NHKニュースは4。ちなみにロイターニュースは17だそうだ。

本当に円安は悪いのか

この結果から、「悪い円安」というコンセプトは、日ごろから経済の前線で戦っているビジネスマン、とりわけ金融市場関係者の間では相当ポピュラーだが、経済情報との接点が多くない一般の人々の間では、あまり知られていないのかもしれない。
このところの円安を受けて「円高こそ国益」、製造業は海外に拠点を移しており、円安のメリットは小さいという議論もある。しかし、経済全体でみると、円安はGDPを増加させるメリットがある。これは世界各国でほぼ同じ傾向だろう。
以前は、自国通貨安は「近隣窮乏策」と言われたが、これは通貨安で自国経済は良くなることであり、この意味では「通貨高は国益」にはならない。「悪い円安」と言いながら、最近の円安を極端に問題視する背景には、金利引き上げ(通貨高になる)が利益になる金融機関があるのではないだろうか。日経新聞が他紙より頻繁に「悪い円安」を引っ張り出す背景も、そのあたりにあるのではと邪推している。
円相場の水準が日本経済にとって、メリットとデメリットの差し引きで「良い」か「悪い」かがすぐわかるような計算式は、どこにも存在しない。130円という水準は、自動車など輸出関連企業や、外貨建てで配当される海外収益の比重が高いグローバル企業には「良い」水準であり、一方で、ドル建ての原油など資源の輸入関連企業には悪いということだろう。
具体的に3月の企業物価指数を見ると、前月比∔0.8%、前年同月比∔9.5%と上昇率がかなり高くなっている。これは、明らかに「資源高」が主因である。3月の輸入物価指数を見ると、契約通貨ベース(多くの国際商品の場合はドル建て)の上昇率が前年同月比∔25.2%であるのに対し、為替相場の影響が加味されている円ベースでは同33.4%。おおざっぱに言えば、前年同月と比べた場合の輸入物価上昇の4分の3は資源高によるものであり、残りの4分の1だけが円安要因である。輸出物価指数を見ると、契約通貨ベースでは前年同月比∔7.9%だが、円ベースでは同∔13.1%と、輸出関連企業に円安差益が生じていることもうかがえる。
日銀短観(企業短期経済観測調査)3月調査で、輸出企業の今年度事業計画の前提となっている為替相場は、ドル/円が111.01円、ユーロ/円が128.04円だった。足元の為替相場では、大幅な為替差益が見込まれる。「悪い円安」論にはいろんな論点があるが、いずれにせよ、最近の急激な円安は「悪い」と定義付けた上で、日銀に金融政策変更でそれを押し返すように求める議論の根拠は、不確かなものといえる。

最近の急激な円安の背景と円安のピークは

ところで、円安のピークはいつ頃か、を考えるとき、ある相場の格言を思い出す。「もうはまだなり、まだはもうなり」という相場の格言だ。もうそろそろ天井と思ったが、まだ上昇するし、反対にまだまだ上昇すると思っても、実はそこが天井となる場合もあるので、色々な可能性を想定すべしという意味だ。
今回のドル円相場は久々に見る大相場だ。3月~4月末までのわずか2か月で114円後半から130円まで約16円もの円安になっているのだ。そこで円安のピークはいつかを考える上で、直近の急激な円安の背景を見ると、1)投機筋が大きく円売りポジションに傾いていること、2)市場で年内の米国の大幅利上げが相当織り込まれているのでは、3)日本政府が円安に対する警戒感を強めていること、の主に3点に注目したい。
1)では、シカゴ通貨先物市場IMMにおける投機筋の円ポジションをみると、4月25日現在で円の売り越し枚数が119,910枚に脹らんでいる。過去10年程度遡っても、10万枚を超える円ショート(売りポジション)はピークに近く、ほどなくして調整局面を迎えるケースが殆どだ。それでも2017年11月に13.6万枚、13年12月には14.4万枚と、現在より大規模な円の売り越しに傾いたことはあった。したがって、今がピークとは言えないが、「傾向」として円売りに傾き過ぎていると言えるだろう。3月中旬からかなりのペースで円ショートが積み増されており、少なくとも今後投機筋の円売りの動きは徐々にペースダウンする可能性が高そうだ。同時に何らかの円買いの材料が出れば、一斉に「円の買戻し」が始まることになる。
2)に関しては、4月21日にパウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長による、IMF(国際通貨基金)主催のイベントでの発言が市場を動かした。同議長は5月3〜4日に開催されるFOMC(連邦公開市場委員会)において「通常の倍の0.5%の利上げを検討している」や、「私の考えではもう少し速いペースで動くことが適切だ」とも語った。「0.5%より『もう少し速いペース』は0.75%だろう」と解釈されたことから、急速な利上げ懸念が悪材料とされ、10年債利回りは前日の2.83%から2.91%まで上昇、NYダウは前日比で368ドル(1.0%)下がった(ただし、翌22日のNYダウは同じ材料で981ドル安)。

日米金融政策のギャップと円安のピークは

一方、黒田日銀総裁は22日、米コロンビア大学の講演で、足元のインフレは資源価格の上昇によるコストプッシュインフレであり、金融政策でコントロールできるものではないと説明した。また、日本の需要サイドによるディマンドプル型のインフレ圧力は弱く、むしろ緩和的な金融環境を維持することで経済を支える姿勢を示した。NY為替市場ではこの発言で128円台から129.11円まで円安となった。日本の金利環境は当面変わらないうえ、米国はまだタカ派(金融引締め、利上げ推進派)に傾斜する可能性もあるとすれば、日米の金融政策の格差は当分縮まりそうにない。このため、大方の市場関係者の予想は、FRBの利上げ予測を5月から9月まで、4回連続して50ベーシスポント(0.5%)の利上げを実施、残りの2回は25ベーシスポイント(0.25%)で、年末の政策金利は2.75%─3.00%としている。
そうであれば、米長期金利ももう一段上昇し、来年央にかけて3.5%をうかがう(現在2.9%近辺)動きとなるとみている。日米実質金利差からみれば、日本の金利環境が変わらない限り、目先急速な円安の調整があるかもしれないが、年末にかけて130円付近、おそらく円安ピーク8年周期から来年央にかけて135円付近を試す可能性があると思っている。
日米の金融政策のギャップが為替市場のテーマになっている以上は、このトレンドが終了するのは、日銀が政策を変更するか、FRBが引き締め政策を変更する、あるいはその兆しが表れた時になるだろう。しかし日銀が長期金利の上昇を許容する可能性があるとすれば、来年後半になるだろうし、米国の景気減速によって、FRBが利下げに転じるような環境になるのは、2024年以降となりそうだ。したがって少なくとも来年前半ごろまでは、緩やかなドル円の上昇が続く公算が大きい。来年前半ころまで円安が続くのではというのは、おそらく市場のコンセンサスだろう。したがって、筆者は、そのコンセンサスを市場は織り込みに行っており、コンセンサスよりもっと早く円安はピークを迎えると思っている。


円安の反転リスクも考えておくべし

誰も言わないが、「円高に反転のリスク」について考えてみる。現在の円安の背景は、繰り返すが、先行きの見通しまで含めた日米の金融政策の差だろう。FRB(連邦準備制度理事会)は政策金利の引き上げとバランスシートの縮小を今後行うことが確実視される一方で、日銀は金融緩和の継続の姿勢を崩していない。両者の「見かけの差」は大変大きいのだが、1つ気になるのは、この「差」は「現状が最大なのではないか」と思われることだ。
来春に予定される日銀の正副総裁3名の人事を視野に入れると、岸田政権が日銀の政策を引き締め方向への転換に踏み切る可能性が大きい。すでに政策委員の交代人事を通じて、その方向性は示唆されている。今後、近い将来の日銀の方向転換の可能性に市場参加者の注意が向いたとき、一転して「急激な円高」が起こる可能性は十分あるように思われる。この岸田政権での日銀総裁人事が話題になるのは、そう遠くはない。おそらく参院選後だろう。
したがってFX(外国為替証拠金取引)などで、円安で踊っている個人の投機家には、「レバレッジはほどほどに」とひとこと言っておきたい(為替の反転は厳しいですぞー)。

そろそろ「良い円安」に注目すべき

一方で、株価を押し上げる要因として、筆者は「よい円安」に注目している。最近の円安は輸入物価上昇など「悪い」部分が注目されているが、日本株には「よい円安」と筆者は考えている。なぜ、そういえるのか。それは、日本の株価指数が(大企業)製造業偏重であることが大きい。
日本経済全体、すなわちGDP(国内総生産)に占める製造業の比重は2割に過ぎないが、日本株においては6割(日経平均採用銘柄数のうち6割強、TOPIXは時価総額ベース6割強)と大きな差がある。輸出を手がける企業はもちろん、海外現地法人を有する企業は、円安による収益カサ上げ効果が強く効く。この1~2か月の日経平均は円安にもかかわらず、上昇していない。米金利高を嫌気しているようだが、「悪い円安」を意識しているのかもしれない。5月企業業績の発表で円安の恩恵を受けている企業の株価は動き始めるだろう。

円安を利用して国内還流策の推進を

国内で生産拠点が急増すれば、雇用と税収が拡大基調をたどり、円安を利用した輸出増によって「底なしの円安」リスクを回避できる。
80年代中ごろから日本の企業は製造業を中心に「円高は困る」と主張して、海外に生産設備を移してきた。国際協力銀行(JBIC)の調査によると、海外展開している965社のうち回答した510社の2021年度の海外売上高比率(見込み)は36.3%。02年度の27.9%から8.7%ポイント上昇している。中でも自動車が40.5%、電機・電子が47.3%と、かつての輸出産業の中心企業が海外にシフトし、日本国内が空洞化している実態が浮かび上がる。
80年代からの円高で採算が合わないから海外に出ていったが、足元の円安なら十分に利益が出るとみる製造業は多いのではないだろうか。特に中国に進出した企業にとって、中国人労働者の賃金上昇、そして米中関係の緊張に伴うリスク、この2つのリスクは、日本国内に戻る理由として正当化できるようだ。
今回のロシアによるウクライナ侵攻とその後の対ロシア制裁を目の当たりにしたことが、国際経済にとって大きな流れの変化をもたらしつつある。日本にとっても、中国がロシアに武器を供与したり、台湾海峡で緊張が高まった場合、中国にいる日本企業のビジネスに大きなリスクが発生する可能性がある。

経済安全保障リスクで国内還流の機会到来

30年以上前から始まった海外生産で製造コストを最小化する企業方針から、ロシアのウクライナ侵攻で、経済安全保障上のリスクを勘案して採算性を弾き出す時代に移行しつつあることを企業も政治もわかっているはず。円安の時こそ、日本企業の生産設備を国内に呼び戻す絶好のチャンスであると考える。
ここでの政治の役割は、海外の設備を処分して国内に帰る場合、処理損や現地での法的紛争によるコストなどに対し、政府が税法上の特典も含めて支援策を構築するスキームであれば「新しい資本主義」も評価されるかもしれない。台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県への誘致の例を出すまでもなく、製造業の国内還流政策は、地方の雇用を増大させて税収を上げる効果を持つ。
岸田文雄首相は新しい資本主義を掲げているが、その中に「製造業の日本回帰」という項目を加え、足元の円安を「絶好の機会」してとして日本経済を浮揚させる政策をとってほしい。おそらく、このような発想がなければ、円安に伴う購買力の低下を嘆き、1人当たり国内総生産(GDP)が低下し「成熟国」を終えた「衰退国」になり下がることになることを我々も認識しておくべきだ。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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