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Monthly Report

Monthly Report 2022年4月号

『過去と異なる円を取り巻く環境』

3月28日、円は1ドル125円台に達し、2015年6月に付けたアベノミクス最後の円安水準である125.86円を意識した動きとなった。(3月31日 文責太田)

目 次
1、8年おきの円安のピーク

2、日米金融政策の違いが円安に圧力

3、日本は経常赤字国へ

4、円安の弊害

5、過去10年で弱体化した「安全資産としての円買い」

6、加速する円安の一因か、ウクライナ危機で日本が手放した経済的中立

7、米株高連動の日本株もGW前は警戒

8年おきの円安のピーク

2015年6月10日、衆議院財務金融委員会で黒田日銀総裁は「ここからさらに円安に触れることは、普通考えるとなかなかありそうもない」と発言、この発言で円安のピークが形成され、円安が止まった。この時付けた125円レベルを「黒田ライン」、「アベノミクスラリーの最後の頂点」などと言われるようになったのだ。
ここで変動相場制について簡単に説明しておく。まず、1944年から続いた固定相場制度の時代をブレトンウッズ体制という。1971年8月15日、ニクソン米大統領が、保有する金の流失を防ぐため、米ドルと金の交換停止を突如発表した。いわゆるニクソンショックだ。それを受けて1971年12月15日、通貨の多国間調整(金1オンス35ドル→38ドル、1ドル=360円→308円にドル切り下げ、円切り上げ)で固定相場制は維持された。これをスミソニアン体制という。しかしこのスミソニアン体制は長続きしなかった。1973年3月までに先進国は相次いで変動相場制に切り替えたのだ。
円は73年2月に固定相場制から変動相場制に移行した。変動相場制が始まって以降、2011年10月の1ドル75.85円が円高のピークになっており、38年にわたって円高トレンドが続いたことになる。変動相場制になってから38年間の超長期円高トレンドの中、最初の円安のピークは74年8月の303.12円、次の円安のピークは82年10月の278.50円、そこから90年4月の160.35円が次の円安のピーク。さらに98年8月の147.63円が次の円安のピーク。ここまで8年おきに円安のピークが到来しているが、次の円安のピークは約9年後の07年6月の124.16円、その後再度円高になり、11年10月が38年続いた超長期の円高が終焉(?)。07年から8年後の15年6月に“アベノミクス円安”のピークである125.65円を付けた。このように、円は前の円安のピークから次の円安のピークまで必ず8、9年を要している。今回も、次の円安は2015年から8年後の2023年と当初見ていた。  
おそらく前回の円安125円レベルまでの円安はありうると思っていたのだが、今回、2015年の円安125.86円を抜いていないが、3月28日にアッサリと125円を付けている。この日、日銀は指定した利回りで無制限に国債を買い取る「指し値オペ(公開市場操作)」を実施すると通告し、「日銀が円安を容認した」との思惑が先行し、さらに円売りが加速していったのだ。

日米金融政策の違いが円安に圧力

日米金融政策の違いが円安に圧力
今回のドル高・円安の背景を見てみると、まずインフレの抑制に本腰を入れた米FRB(連邦準備理事会)が3月16日にゼロ金利政策を解除、今年だけでも0.25%刻みで、あと6回分もの追加利上げを示唆した。一方、物価目標2%達成の見通しが立たない日本では、日銀が大規模緩和を継続、日米金利差の拡大観測が強化され、ドル高・円安圧力が増してきた。
こうした状況下、ロシア・ウクライナ戦争の影響で、日本の輸入依存度が高い資源の価格が軒並み高騰、貿易収支の赤字が膨らんでいる。燃料、農林水畜産物、金属などは、基軸通貨ドルで取引されるケースが多いため、ドルの上値を追いかけてでも買わざるを得ない輸入業者によるドルの買い切り注文が膨らんでいる。
今年に入ってからの対ドル円の高値は113.48円(1月14日)、円の安値は3月28日のNYで付けた125.10円である。値幅は11.62円であり、1年間のうち4分の1ほどの時点で、すでに過去3年間平均の年間値幅(10.60円)を超えている。
市場では次の節目は前述したように2015年6月5日に記録した125.86円だというのが大方の見方である。年内に130円を目指すのではないかという見方も市場にあるが、ここ数年の平均的な年間値幅の観点からは、今年付けた125円レベルからさらに5円のドル高円安はよほどの材料が出ない限り難しいと思うがどうだろうか。円安の8年周期から来年にも125.86円を抜いた円安になるかもしれないと思っている。

日本は経常赤字国へ

そうした中で最近しばしば目にするのが、足元でのドル高・円安の急速な進行を、日本経済の構造変化を反映した「構造的な円安」と位置付ける見方である。財務省が3月8日に公表した1月の経常収支はマイナス1兆1887億円、2カ月連続で赤字を記録した。これは過去2番目の赤字幅である。経常収支とは、「貿易収支」、旅行や国際輸送、特許使用料に関する「サービス収支」、配当や利子のやり取りに関する「第一次所得収支」、無償資金援助や国際機関の分担金などに関する「第二次所得収支」からなる。
過去最大の赤字幅を記録した2014年1月も、資源高と円安(これに加えて消費増税前の駆け込み輸入)が原因だったが、今回の資源高は当時とは次元が違って、原油や天然ガスの価格上昇ペースが圧倒的に速い。さらに今回は、小麦などの食料を含めた商品全般に価格上昇圧力が波及しそうなことも特筆すべきだろう。2014年1月はあくまで燃料価格の高騰にとどまっていた。今回のドル円相場は3月8日の経常収支赤字の発表前の時点で114円だったが、発表翌日には115円になり円安が加速の気配を見せた。とにかく動きが早すぎる。前述したように、28日NYで125円台を付けた後、31日東京で121円台にドル反落、円高になり急激な動きの揺り戻しが来ている。

円安の弊害

ただ、あまりにも一方的に進むドル高・円安は、日本経済に好ましくない影響をもたらす面もある。国際競争力のあるモノ作りの拠点の多くが海外に流出してしまった「令和の日本」では、円安になっても昔ほどには輸出が伸びなくなっており、上場企業の利益に及ぼすプラス効果も昭和や平成のころに比べて小さくなっている。
資源高と円安のダブル・パンチで海外からの輸入品の価格が上がり過ぎると、十分な価格転嫁ができない中小企業や農林漁業関係者などには利益の圧迫要因になる一方、末端の消費価格への転嫁が進むと生活必需品が値上がりし、個人消費の下押し要因になる。このため、最近は「悪い円安」の進行を危惧する声も強まっており、政府や日銀に何らかの対策を求める向きも増えている。
この点、今年1月の「展望レポート」では計量分析の下、「円安は日本にとってプラス」と結論づけている。ここではプラス効果として、(1)価格競争力改善による財・サービス輸出の拡大、(2)円建て輸出額増加を通じた企業収益の改善、(3)円建て所得収支の増大が挙げられる一方、マイナス効果として(4)輸入コスト上昇による国内企業収益及び消費者の購買力低下が挙げられている。「(1)+(2)+(3)>(4)」のようにメリットの方がデメリットより大きいというのが日銀の基本認識と見受けられる。
だが、日銀もこのうち(1)に関しては海外生産比率上昇や製品の高付加価値化などを反映し、プラス効果は近年低下していると分析している。なお、展望レポートではパンデミックについてはほとんど言及がない。


過去10年で弱体化した「安全資産としての円買い」

もっとも、黒田体制が発足した直後から、(2)の「円建て輸出額増加を通じた企業収益の改善」があるから円安はプラスなのだという主張が展開されていた。要するに、「円安で企業収益が増えればいずれ設備投資や賃金にも波及する」という考え方であるが、現実は賃金が相応に上昇する展開までは至らなかったことは、周知の通りである。
最後の円安メリットでもある(3)の「所得収支の増大」は、展望レポートでも「近年強まっている」とされ、「企業のグローバル化により、 わが国の企業が海外事業から獲得する収益、及び配当等を通じたその国内への還流額は、着実に増加している」と結論づけられている。つまり第一次所得収支黒字が増加している。これは、国際収支発展段階で言うところの「未成熟な債権国」から「成熟した債権国」へ段階が進んだことを意味していた。
クローサーやキンドルバーカーの国際収支発展段階説では、一国の経済発展に伴う国際収支段階を1~6の段階に分けて説明している。(1)は未成熟な債務国。この段階は経済発展の初期であるために国内貯蓄が不十分である。(2)は成熟した債務国 まだまだ所得は少ないもののスキルをもっている青年のような国の段階。(3)は債務返済国 所得が増え、それまでのローンの返済も進んで、場合によっては完済してしまった壮年期のような段階。(4)は未成熟な債権国 蓄えができるようになった中年期のような国であり、先進国の仲間入りをする段階。(5)は成熟した債権国 豊かなスキルを保有しているが所得のピークが過ぎた中年後期のような国の段階。そして、(6)債権取り崩し国 貯蓄を取り崩して生活を行っているような成熟した国の段階。サービス収支の赤字額が第一所得収支(所得収支)の黒字額を上回ることから経常収支は赤字となる。対外純資産残高も減少する段階である。つまり、この数年わが国は国際収支発展段階では(6)の成熟段階を過ぎた衰退しつつある国としてみられているようだ
黒田総裁は3月25日の衆院財務金融委員会で、最近の円安相場について「円に対する信認が失われたということではない」と答弁しているが、「円の信認」が金融市場でテーマ視されること自体、前代未聞である。
単に「米国経済や米金利が上向きだからドル高になり、その結果で円安になっている」という「ドル高の裏としての円安」ではなく、「日本がダメだから円安になっている」という「日本売りとしての円安」が懸念されていることになる。
過去1年間で起きていることが円独歩安であることも踏まえれば、それは「国力の低下」と同義かもしれない。
実のところ、「安全資産としての円買い」が過去10年で段々と弱体化しているとの事実は、為替市場では慢性的に指摘されていた。しかし、「所得収支の増大」により経常黒字が確保されていたので、現状のように「円の信認」がテーマになることが避けられていたのだと思われる。ところが、日本の経常収支は12月、1月と2か月連続で赤字となったことで「円の信認」がテーマになり円安が加速しているのではないかと見ている。

加速する円安の一因か、ウクライナ危機で日本が手放した経済的中立

ルーブルの対ドル相場は、2月18日時点で89ルーブル/ドルだった。プーチン大統領がドネツク・ルハンスク両州の独立を承認した直後の23日には122ルーブル/ドルにルーブルは低下。24日のウクライナ侵攻で一時177ルーブル/ドルとなり、50%の下げとなった。
ところが、その後、ルーブルは対ドルで戻し始めて、日本時間3月31日朝時点では84.55ルーブル/ドルとなり、ウクライナ侵攻時点よりルーブル高になっている。対ドルで戻しつつあるルーブルに対して、円は円安に大きく振れたままである。円はルーブルに負けたことになる。ではなぜ今回、日本円は「有事の円買い」にならないのだろうか。
「ミスター検討中」。岸田首相を指して、政界で最近こんな呼び方が定着しているそうだ。自民党内でも「何をしたいのか分からない」とか「実は何も考えていないのではないか」と酷評されているそうだ。紛争が起きても実質的に中立を守ってきた日本だが、今回、岸田首相はその強みを捨てたことが円売りにつながっているという見方もある。
そもそも、「有事の円買い」というのは、日本が常に安全な国で、その国の通貨は安全だとする市場の思い込みに基づいている。1985年に日本が純債権国になり、米国が純債務国となった時から37年も続いているから、市場は「日本は安全な国」と当然のことのように感じるようになったのだろう。
この思い込みの背景には、第一に日本には2021年末時点で357兆円に上る対外純債権を持っていること(つまり金持ち国だと思われていること)、第二に水面下ではどこの国とも敵対しないことの二つがある。
後者は、イランや北朝鮮など、米国が悪の枢軸と言って敵対しても、表向きには米国に追随しつつ、裏ではこれらの国と貿易をしたり、資産を凍結したりしないなど、実質的に中立を保ってきたことを指す。
ところが、今回、岸田首相はその日本の強みを捨てたのだ。つまり、日本はもはや普通に敵を持つ国となったのである。敵国を持つ以上は、いつでも攻撃されるリスクに直面することとなる。おそらく、岸田首相はこうしたリスクを意識してはいなかったと思う。
米ヘッジファンドの見方は、「有事の円買い」が終焉し、日銀は円安の進行を覚悟して金融緩和(前述の指値オペ)をしたのだから円安が進むのは当然だという。既に150円/ドルを目指す向きもある。
しかも、岸田首相は、コロナ対策の緊急事態宣言やまん延等防止策で疲弊した日本経済に対して、GDPの需給ギャップ5%を埋め合わせるには不十分な額(40兆円程度は必要)の補正予算(=経済政策)を匂わせた。これでは円安要因になる。

米株高連動の日本株もGW前は警戒

日本株は円が125円台までドル高・円安が進行したこともあり、輸出株比率の高い日経平均は2万8000円台まで水準を切り上げてきた。円安と原油高は、企業のコストを押し上げ、2022年度の収益計画を下方修正する要因になるとみられるが、輸出企業を中心に海外展開している企業にとっては、円換算での海外収益を押し上げる。市場はそちらへの注目度を高め、米株上昇と連動し(ひょっとしたら「おこぼれ」)日米株高現象を生み出す可能性が高いと予想する。
ただ、この株高には、FRBのQT(量的引き締め、中央銀行が市場から買い入れた金融資産(主に国債)のうち満期が到来した分につき、再投資せず償還させることで、中央銀行のバランスシートを段階的に圧縮すること)が想定されており、株高に待ったをかけようとしている。QTは「織り込まれている」との声もよく聞くが、9兆ドルまで膨張したFRBの資産拡大効果の多くのメリットを受けていたのは米株市場であり、米株式市場には予期せぬ大幅下落のリスクの可能性もある。5月のFOMC(連邦公開市場委員会)でQTが決まる可能性が高い。
その場合、日本株にも下落の影響が到来する。注目されずに来た円安のデメリットに光が当たり、業績下方修正の企業の株価下落リスクが高まりそうだ。5月3─4日のFOMC(連邦公開市場委員会)後、その直後からのQTスタートが告知されると、ゴールデンウィーク明けの5月6日に、日本株の大きな落とし穴が待ち受けている可能性もありそうだ。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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