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Monthly Report

Monthly Report 2021年10月号

『日本株はまだ上昇するだろうか?』

日経平均は9月になって急騰、9月14日には31年ぶりの高値を付けた。また15日までの1週間で8.6%も上昇、年初来11.2%上昇と英国のFTSE(同8.6%上昇)を追い越している。しかし、その後は米株に追随し調整局面入り。今後も日本株は買いなのだろうか
(10月1日 文責太田)

目 次
1、9月前半の株高の理由、菅退陣と感染減少
2、TOPIXは日経平均より優位
3、不動産債務危機が中国の成長率押し下げ
4、岸田氏総裁選勝利、最初のハードルは衆院選
5、米金利上昇は一過性ではないとの見方
6、株安回避に政権の発信力期待
7、岸田氏は「永田町のジンクス」を覆せるか
8、日経平均よりTOPIXは中長期期待

9月前半の株高の理由、菅退陣と感染減少

今後の日本株は買いかどうかを見極めるには、9月前半の株高を分析することが最も重要だ。この時の株高の理由として挙げられているのは大別して2つで、①菅首相の自民党総裁選不出馬表明、②感染者数の顕著な減少傾向である。まず、①に関しては、日経平均は菅首相の不出馬表明のあった9月3日午後から上昇基調に入っているので、材料視されているのは間違いない。

ほんの少し前の8月20日までは日本株は米株に対して大きく出遅れていた。例えば、NYダウは年初から16%上昇、日経平均株価は同1%の下落という状態にあった。日経平均は2月16日に3万0467円を付けてからは、ずっと下落基調が続いていた。この下落の主な理由は4つある。①日本銀行が3月から日経平均型のETF(上場投資信託)の買い入れ方針を見直した②新型コロナウイルスに対するワクチン接種や医療体制整備が遅れた(デルタ変異株で感染者が急増、緊急事態宣言が解除できない状態となり国内景気の低迷リスクが高まった)、③それらに伴う内閣支持率の低下、などだった。

しかも、とどめを刺したのは④8月20日のトヨタ自動車の減産報道だ。これが嫌気され同社株は急落、同日の取引時間中に日経平均は一時2万7000円を割り込んだ(引け値は2万7013円)。この水準は1月6日に付けた安値2万7065円をも下回っており、年初の株価水準に逆戻りしていたのだ。

だが、9月に入って前述したように日経平均は急上昇。9月8日には一気に3万円台を回復。14日は取引時間中に3万0795円まで上昇、31年ぶりの高値となったのだ。日経平均とNYダウの絶対格差を見ると、日経平均が高値を付けた2月16日は1055円まで縮小していたが、その後NYダウに対する株価の出遅れが目立ち、安値を付けた8月20日には8106円まで拡大している。この日を境にNYダウに対する株価の出遅れもかなり解消され、9月14日には3907円まで縮小しNYダウにいくらか追いついてきた。日経平均がNYダウとの差を縮めてきた理由は、主に以下の3つだ。①日本株は米株に対してPER(株価収益率)などから見て割安に放置されていた、②新型コロナに対するワクチン接種の進展(9月末のワクチン2回接種率は国民の60%乗せへ)とそれに伴う新規感染者数増加一巡への期待(国内景気の回復期待)、③政治の変化(菅義偉首相の自民党総裁選不出馬表明など)だ。とくに9月になってからは「政治の変化」をきっかけに、①と②が再認識され、株価は急騰したとみるべきだ。

TOPIXは日経平均より優位

もうひとつの株価指数であるTOPIXの年初からの上昇率はNYダウを逆転、日本株の出遅れは一気に解消された(9月30日現在で年初来上昇率はTOPIXが15.7%上昇、ダウは同10.6%)。

一方、日経平均はNYダウの上昇率に追いついていない(9月30日までの日経平均の年初来上昇率は7.3%)。実は5月末までは、日経平均とTOPIXは、ほぼ同じ値動きをしていた。NT倍率(日経平均÷TOPIX)は5月までほぼ15倍台で推移していたが、6月以降は14倍台で推移している。つまり、日経平均は6月以降TOPIXに出遅れていることになる。

その理由を考えると、①6月以降、日経平均の値動きを左右する「値ガサ株(ソフトバンクグループなど)」が中国の規制強化の悪影響を受けている、②前述したように3月からの下落局面で日銀が日経平均型のETFを買わなくなったから、とみている。なかでも①の中国の規制強化の悪影響が大きい。また、9月中盤から世界の株価の動きに変調をきたしたのは、20日の支払い不能と伝えられていた中国恒大集団の債務危機があったからだ。”リーマン・ショック再来”とまで喧伝され、危機感を一段と深めて9月20日の海外市場を駆け巡った。

不動産債務危機が中国の成長率押し下げ

中国恒大集団は日本の三菱地所、三井不動産、住友不動産を束にしたよりも大きい。9月23日に国外社債8353万ドル(約93億円)については利払いが延期され、30日間の猶予期間に入っている。形式上は債務不履行になっていないが、来年になると元本の償還期限が来る。3月、4月に集中しており、まだまだ先は見通せない状況にある。

中国恒大集団の債務危機はサブプライム融資の証券化商品が国際的に広がっていたリーマンショックのケースとは異なり、国際市場に直接的に波及するリスクは小さいといわれ始めた。海外の投資家の同社の社債保有は限定的なので、リーマンショック型になる懸念は小さい。中国恒大集団の借入残高一覧によると、海外の銀行や債券の合計は2兆~3兆円にすぎない。日本の1990年代の不動産バブルの崩壊と同じで、影響は国内に限られるだろう。

日本の1990年代の金融危機と同様に、金融機関が不動産業界に貸さないと資金が回らず、不動産が暴落する、これが成長に影響する。中国では一昨年に地方の小規模な金融機関が潰れただけで話題になった。地方政府の不動産売却収入への依存度も高く、国と地方を合わせた総収入の5割超が不動産売却益だ 。中国恒大集団の債務危機によって中国全体の成長率も6%台からどこまで落ちるのか。引き続き注目しておく必要がある。

岸田氏総裁選勝利、最初のハードルは衆院選

9月3日の菅首相の総裁選不出馬宣言で「政治の変化」を市場は好感してきたが、29日自民党総裁選を勝ち抜いて次の首相の座を確実にした岸田文雄氏に決まった。地方票で2位に甘んじたが議員票で逆転した「ねじれ」の結果は、来る衆院選勝利が「低いハードル」ではないことを示している。また、28日に起きた米長期金利上昇を起点にした世界的株安は、企業や消費者の心理を冷え込ませかねない存在として浮上している。

最初のハードルは、11月とみられている衆院選だ。菅義偉首相の辞任表明後、自民党の注目度は急上昇し、各種の世論調査でも支持率が回復している。株価の反応はというと、総裁選で決着する前に29日の東京株式市場の午後の取引では、日経平均はいったん買い戻されていたが1回目の投票結果判明後に下げ幅を拡大。結果に反応したとの見方が市場の一部で聞かれた。「岸田氏では、衆院選で勝ったとしても僅差になり、その後の政権基盤が不安定になるリスクを感じた」との市場の見方だ。

米金利上昇は一過性ではないとの見方

また、総裁選前日の28日のNY市場では、米国のインフレ懸念と米連邦準備理事会(FRB)の政策修正が後手に回るのではないかという危惧から米長期金利が急上昇(10年債国債は前日の1.48%から1.53%)。金利急騰で米株が急落したことで29日の日本株も大幅下落となった。

前述したように「政治の変化」を材料に、日経平均は3万円を回復し、年末には3万2000円になるという「株高シナリオ」が一部でささやかれていた。だが、米金利急上昇によりこのシナリオは今回の世界的株安を招き、とん挫した格好だ。

今回の米長期金利の上昇は、FRB幹部が指摘してきた「一過性」の可能性が低下し、金利上昇と株安が長期化すると市場は見ているようだ。果たしてこの見通しが正しいかどうかは現時点ではわからないが、もし新政権発足から株安が継続すれば、企業の投資マインドを冷え込ますだけでなく、国内総生産(GDP)の6割近くを占める個人消費の復調をさえぎり、衆院選にも悪材料になりかねない。

株安回避に政権の発信力期待

株安を回避するには、岸田新政権が何を最優先の政策として掲げ、どの公約を短期間に実施していくかを具体的に示すことが必要だ。岸田氏の政策は、新型コロナウイルス対策では「医療難民ゼロ」、「ステイホーム可能な経済対策」、「電子的ワクチン接種証明の活用と検査の無料化・拡充」、「感染症有事対応の抜本的強化」の4つを掲げた。

また、令和版「所得倍増計画」や「健康危機管理庁」の創設、数十兆円の経済対策も主張した。何を最優先に実行し中長期的にどのような国づくりを目指しているのか、岸田氏自身の言葉による強いメッセージが必要だと指摘したい。

アベノミクスには、停滞した日本を変えるという強いメッセージがあった。その結果、衆参の選挙で連勝し、海外勢の注目を集めて日本株の上昇につながったのだ。岸田氏に「日本は変わる」というイメージを強く打ち出してほしいものだ。

岸田氏の経済政策で一つ気になったことがある。岸田氏は「新しい日本型資本主義~新自由主義からの転換~」と銘打った。「規制緩和、構造改革の新自由主義的政策は、富める者と富まざる者の分断を発生」とし、「成長と分配の好循環」を通じた格差縮小を重視することになる。

2008年のリーマンショック以降、世界的に格差問題への関心が急速に高まった。しかし我が国の場合、優先課題は、パイをより公正に分配することよりも、パイを増加させることにある。「成長と分配」のうち「成長」がより重要だと思う。岸田政権は、長期にわたって低下を続ける潜在成長率を引き上げることに経済政策の重点をぜひ傾けて欲しい。

ただし、短期的なコロナ対策の一環としての所得再配分政策は必要だ。コロナショックでは、打撃を受けた企業と恩恵を受けた企業、収入が減った労働者と収入が増えた労働者の格差が大きく広がっており、所得を再配分する政策は喫緊の課題だ。

岸田氏は「永田町のジンクス」を覆せるか

総裁選で勝利した直後から岸田文雄新総裁の素顔をテレビやマスコミは好意的に(当たり前か)報じている。筆者は高市氏を推していたが、岸田氏でホッとし応援しようと思い、家内に岸田氏は東大受験を3回失敗し、わが母校の後輩だよと言ったら、大学卒業して40年以上経つのに「まだそんなことを言っているのか、不思議な大学だね」などと言われてしまった。確かに他校よりその傾向が強いけど、永田町では早くも「首相のジンクス」を心配する声が聞こえている。その中の一つが「早稲田の呪い」らしい。まさか家内はこの呪いを知っているとは思えないが。

ジンクスの中でまず、よく言われているのが、「長期期政権後は短命」というものだ。実は長期政権後は短命政権が最低2度は繰り返す、というのがこれまでの傾向だそうだ。3188日も続いた安倍政権を引き継いだ菅首相もわずか1年で退陣へ追い込まれた。これまでのジンクスを踏まえれば、次の政権ももって1〜2年ではないかというわけだ。

そこに加えて、早稲田大学法学部卒業の岸田氏(私も同学部卒)には「早稲田の呪い」もささやかれる。早稲田大学は東京大学に次いで多くの首相を輩出しているが、戦後で長期政権を維持できた人がいないというジンクスがあるのだ。実際、石橋湛山氏(65日)、竹下登氏(576日)、海部俊樹氏(818日)、小渕恵三氏(616日)、森喜朗氏(387日)、福田康夫氏(365日)、野田佳彦氏(482日)と、こちらも海部首相の約2年2カ月が最長だ。

また、「平成以降の外相経験者首相は2年もたない」というジンクスもある。外務大臣経験者の政権は2年ももっていない。岸田氏も2012年12月から2016年8月という長きにわたって外務大臣という要職に就いていた。このジンクスが発動するのではと見る向きもあるようだ。総裁選から一夜明けた30日の日経平均は91円安、市場は岸田政権を歓迎しているようには見えない(海外投資家は高市氏を支持)。それでも前述したように、株安を回避するには、公約の具体化に向けて強いメッセージを早く発することだ。

日経平均よりTOPIXは中長期期待

日本株全体が今回のように先物主導で株価が上がるときは、日経平均先物などが買われやすく、日経平均とTOPIXとのパフォーマンス格差はつかない。だが、株価が横ばいや下落局面では中国規制強化の悪影響などから、日経平均の方が売られやすくなる懸念が残る。中長期では日経平均よりもTOPIXの方が有望とみている。TOPIXは今年の最高値を更新して、やっと中長期上昇トレンドに入ったとみているからだ。

ただ、短期的にはTOPIXや日経平均も調整局面が近づいてきたとみている。繰り返すが米金利の上昇が懸念される。当面の次の焦点は、11月の衆議院選挙の結果だろう。これらの重要イベントを通過すると、いったん国内政治の大きな変動要因はなくなるからだ。

もちろん、国内政治だけで日本の株価が動くわけではない。国内政治よりも影響が大きいのは、米国の株価動向だろう。やはり日本株は基本的に米株の「コピー相場」になることが多い。今後も日本の政治を材料に株価が動く可能性はあるものの、それは米株が、横ばいか、緩やかに上昇することが条件になる。

結局、日本株の動向でカギを握るのは、海外投資家だ。彼らが数週間継続して日本株(現物と先物含む)を買うと、日経平均は上がることが非常に多い。実際、毎週木曜日(祝日がある場合などは除く)に東京証券取引所が発表する海外投資家売買動向をチェックすると、外国人は9月3日まで2週間連続で買い越しだった。

海外投資家は(9月6~10日)も大幅な買い越しだったが、9月13日~17日は売り越しに転じている。常に海外投資家の売買は需給面では非常に重要になる。彼らは、政治の変化や構造改革が大好きだ。この海外投資家の期待に新政権はどこまで応えられるのか、引き続き注目したい。

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本資料、一般社団法人FLSG(以下当会といいます。)が投資家の皆様に情報提供を行う目的で作成したものであり、投資の勧誘を目的に作成されたものではありません。本資料は法令に基づく開示書類ではありません。本資料の作成にあたり、当会は情報の正確性等について最新の注意を払っておりますが、その正確性、完全性を保証するもではありません。本資料に記載した当会の見通し、予測、意見等(以下、見通し等)は、本資料の作成日現在のものであり、今後予告なしに変更されることがあります。また、本資料に記載した当社の見通し等、将来の景気や株価等の動きを保証するもではありません。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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