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Monthly Report

Monthly Report 2021年4月号

安いニッポンからの脱却

日経新聞記者である中藤玲氏著「安いニッポン『価格』が示す停滞」(日本経済新聞出版社2021年3月8日発売)を読んだ。
その内容は驚くべきものであった。
中藤氏によると、今や日本の物価は新興国並みに下落しているという現実である。
30年前、世界最高の高物価国であった日本の驚くべき凋落である。
(4月1日 文責 太田)

目 次
1、ディズニーもダイソーも世界最安値
2、40年の過度の円高は米中敵対で転換
3、「産業のコメ」台湾、韓国への依存リスク高まる
4、50年間の米国の対中宥和政策の転換
5、人民元高で中国経済の弱体化
6、直近の円安は短命か
7、円安で活力を戻す日本
8、20~30年間の悪循環が全て好循環に変わる

ディズニーもダイソーも世界最安値

著書の一部を説明する。
まず「夢の国」ディズニーランドの世界の入場料だ。
東京ディズニーランドは8,200円である。
カリフォルニアの14,500円(1月末の為替換算)は言うに及ばず、パリ、上海、香港よりも安い。
2020年3月まで7500円だったので、カリフォニアの半分ということになる。次に100円ショップをグローバル展開しているダイソーの税抜き価格を比較すると、日本の均一価格100円は、オーストラリアで220円、アメリカ160円など先進国は言うに及ばず、タイの210円、シンガポール160円、中国160円、ブラジル150円、台湾180円など新興国よりも格段に低い。

海外と価格を比べる物差しの一つに、英エコノミスト誌が毎年報告する「ビックマック指数」というのがある。
世界中のビックマックの単価(2021年1月)を見ると、日本360円(3.75ドル)は、世界最高のスイスのほぼ半分、韓国やタイよりも低く、先進国では最低である。

コロナ前日本に殺到していた外国人観光客の訪日理由は、日本人が手前みそで解釈していた、商品の品質の高さやおもてなしや安全清潔などではなく安さである、と著者中藤氏は述べている。

同書はさらに続く。日本最高の所得地域東京都港区の平均年収1,217万円は、サンフランシスコでは低所得層に分類されるレベルである。
ハイテク技術者の賃金は米欧よりはるかに低く、韓国や中国よりも低く、日本企業から技術者の流出が続いている。
NTTでは35歳までに研究開発人材の3割がGAFA(米国の主要IT企業であるグーグル(Google)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック(Facebook)、アップル(Apple)の4社の総称)などに引き抜かれる。かつて中国を外注先として使っていた日本のアニメ業界も、その低賃金ゆえに今や技術を獲得した中国アニメ・メディア企業の下請けになりつつある。

中藤玲氏著「安いニッポン『価格』が示す停滞」は、物価下落(デフレ)により先進国から脱落しようとしている日本の現実の姿である。デフレ下では「給料が低くても物価が安ければ暮らしやすい。それの何が悪いのか」という意見もあるだろう。しかし、デフレはインフレよりたちが悪い。縮小均衡が続けば、成長を続ける世界から取り残されることを意味するのだ。日本が陥ったデフレによる長期停滞は深刻だ。日本の名目GDP30年間横ばいという事実を直視しないわけにはいかない。

40年の過度の円高は米中敵対で転換

日本のデフレの最大原因は、40年以上前から続いた日米貿易摩擦に起因した、米国の日本叩きによってもたらされた過度の円高である。
超円高によって価格競争力が破壊され、ドルベースでみて超割高になった円建て賃金の、大幅な引き下げが引き起こされた。また円高で日本の産業集積の海外への移転が急進展した。いずれも国内物価が上がらないデフレ要因になる。

しかし米中対決という現在の環境の下で、この円高デフレの悪循環が決定的に変化すると考える。
日本経済の弱体化の鍵は為替、つまり円高。
一般的に関税を主とする貿易協定では数%の価格差をもたらすに過ぎないが、為替は容易に価格差を1~2割、時には3割改変することができる。
70年代中ごろ欧州では、石油ショックの後、燃費のいい日本の中小型車が世界を席捲、米国の車が売れなくなり日米貿易摩擦が起こった。
貿易摩擦の結果、基軸通貨ドルに対し超円高が引き起されたのだ。それまで、日本国内に圧倒的な存在であったハイテク生産が90年代以降、韓国、台湾、中国へのシフトを促進したのだ。

「産業のコメ」台湾、韓国への依存リスク高まる

かつて、半導体のことを「産業のコメ」と言った。
今「産業のコメ」は世界で不足しており、自動車業界や電子機器業界の生産が支障をきたしている。
重要な製品の供給を台湾だけに依存している状況が浮き彫りになっているためだ。現在は最先端の半導体の3分の2超が台湾で生産されている。
つい最近、米議会で米軍高官が台湾を中国が乗っ取ることが米軍の太平洋地域での最大の懸念だと証言、半導体供給網への不安が高まった。

最先端の半導体を受託生産できる業者は世界に2社しかない。台湾積体電路製造(TSMC)と韓国のサムスン電子だ。半導体業界は日本が席捲した1970年代や80年代のころに類似した状況になっているのかもしれない。各国が自国の通信と国防にとって極めて重要と半導体を位置付けていた時代だ。米国にとっても、現在、半導体生産を台湾と韓国に依存していると安全保障上のリスクになってきている。

50年間の米国の対中宥和政策の転換

昨年ポンペオ前国務長官が1972年以来続いてきた米国による対中国宥和政策を根本から転換するというスピーチを行った。
昨年7月23日ポンペオ前国務長官は、ニクソン元大統領出身地カリフォルニア州ヨーバ・リンダのニクソン記念図書・博物館で、「習氏は破綻した全体主義のイデオロギーの信奉者で共産主義に基づく覇権への野望を持っている」と決めつけ、歴代政権の中国関与政策(経済的発展を支援すれば中国の民主化を促せるとするもの)は失敗したと断じた。
ニクソン大統領の歴史的訪中(1972年)によって始まった50年間の対中政策が終焉したことをニクソンゆかりの地で宣言したのである。
また中国共産党の行動転換を促すため「自由主義諸国が行動するときだ。今行動しなければ、中国共産党は我々の自由を侵食し、ルールに基づく秩序を転覆させる。
自由社会が共産主義の中国を変えなければ、中国が我々を変えるだろう。
民主主義諸国の新たな同盟を構築する時だ」、と呼び掛けたのだ。

今年の3月18日、米中外交トップのアラスカ会談において、米中敵対が鮮明になった。
バイデン政権はポンペオ演説を一段と推し進めたことになる。
これでコロナ制圧後の米国の最優先課題は、圧倒的に対中ということが分かった。
アラスカ会談に先立ち、米日豪印4か国による対中連携(クアッド)、また英仏艦隊アジア派遣など、中国包囲網が構築されてきた。
軍事的包囲網も着実に敷設されるだろうが、20世紀型の全面戦争が選択肢になりえない以上、軍事力では中国抑制・制圧の手段にはなりえない。
中国を抑制するのは、中国経済の弱体化しかない。

人民元高で中国経済の弱体化

米国の覇権奪取には中国経済弱体化しかない。
経済的弱体化を狙う長期戦略である。米国は円高による日本経済を弱体化させた成功体験を熟知している。国際分業、グローバルサプライチェーンの再構築に当たって、米国は中国に対し為替政策を活用することは明らかであろう。つまり人民元高を誘導し、中国の価格競争力を殺ぐこと、次に今や貿易黒字国となり世界の半導体を支配する韓国・台湾の通貨高をも誘導すること、そして中国、韓国、台湾の台頭で貿易黒字が消滅した日本へのハイテク国家回帰のために円安を推進することだ。

今月、バイデン大統領が最初に会見する海外首脳として菅首相が選ばれたことや、米ブリンケン国務長官、オースティン国防長官が初外遊として来日し、日米2プラス2会談を実施したこと等は、米国が地理的にも中国に近い日本を最優先国であると明確化したことを示している。

直近の円安は短命か

円ドル相場だが、ドル対円は年初からの12週間で103円台から110円まで7%以上上昇した(円は下落した)。
12週間でこれだけのドルの上昇率は、2018年半ばや216年末にかけての急上昇以来の動きだ。
この間主要10通貨のパフォーマンスをみると、円は最弱通貨となっており、米ドルは加ドル、英ポンド、ノルウェー・クローネに次いで4番目に強い通貨となった。
つまり、今回の円安の背景としては、米ドルの強さもあるが、円が弱い通貨となっていることが主因となっている。
今回の円ドル相場は日米10年国債金利の相関関係もかなり強くなっている。

しかし、為替のストラテジストは、こうした円安の動きが今後さらに数カ月間も続くとは見ていない。
金利差との相関関係は過去の例からも通常長くは続かないからだ。
したがって、彼らの多くは、米10年債利回りのピークは1.95%程度で、円も111円台の円安と予想している。直近の円安は短命という意見が多いようだ。

円安で活力を戻す日本

しかし、より重要なのは、基軸通貨国米国の国益から見た望ましい長期的な為替レートがどの辺にあるかの見極めである。
上述の地政学的要素を考慮すれば米国にとっての妥当レートは現在より円安、かつ人民元高、韓国ウォン高、台湾ドル高となることは明らかだ。

1ドル120円になれば、日本経済の風景が変わる。
海外からの観光客にとって、先進国中で最も割安な日本の物価がさらに安くなる。
コロナ終息の後、観光客が日本に殺到することは間違いない。
円安で日本製品の競争力は強くなる。
円安により、日本企業の海外利益の円換算益や海外子会社からの配当・技術指導料収入の増価により企業収益の増益率が跳ね上がる(株高)。
また、同時に円安でデフレが解消され日本国内で賃金上昇率が高まる。
海外から見て、ただでさえ割安の日本の商品価格は円安で一段と安くなるが、国内で物価上昇が定着することになる。

20~30年間の悪循環が全て好循環に変わる

つまり、円高下の悪循環とは、円高⇒日本の競争力悪化・需要低下⇒労働需給悪化⇒円建て賃金引下げ(=ドル建てで価格競争力を維持するため)⇒デフレということだ。
これが円安に転じると好循環が起こる。
円安⇒日本の競争力向上・需要増加⇒労働需給ひっ迫⇒円建て賃金引上げ(=国際賃金との格差是正・優良労働力の確保) ⇒インフレというわけだ。
失われた20~30年の悪循環がすべて好循環に代わることになる。
基軸通貨ドルの米国は、人民元高に誘導し中国の経済力を低下させることによって、覇権を奪い返すことが出来る。
経済力が落ちることによって、習独裁体制は終焉を迎えることは間違いない。
このように推論すると、米中敵対は日本経済にとって、大きな地政学的追い風となる。

米当局は「強いドルが国益」と言いながら、緩やかなドル安を容認していくという形だと思う。
米国はドル安が続いてもファンディングできる。
逆に、ドル高にすると、対外債務を抱えた新興国が持たなくなって、かつてのアジア通貨危機のようなことが起きるので、安定的なドル安がよい。
この先もドル安、人民元高、ドル安以上に円安という流れが形成されるだろう。

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■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大 学にて「個人の資産運 用」についての非常勤講師を務める。
証券経済学会会員。

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